日本語の冒険
阿刀田高 著
平成二十四年三月三十日 初版発行
阿刀田高による「日本語」をテーマにした短編集。一応舞台と登場人物が設定されている小説という体裁になっているが、実質的にはエッセー集のようでもある。初版の平成24年というと2012年で、地震の年の翌年。元は雑誌の連載だったようで、地震の話や時事関連の話も少し出てきて、およそ8年前というその時を少し感じさせられる。
一応全話登場人物も舞台も違うのだが、主人公は基本的に壮年期の人が多く、全員男性で、なんとなく性格も全部一緒。日本語に興味があり、ちょっと小説を書いてみたいと思っているような大人である。人付き合いは悪くない、比較的明るいタイプの人である。その彼が、彼らが、日本語に関することを考える羽目に陥るというか、結局は自分で好んで考えに耽るという話である。
「いろはカルタ」には江戸版と上方版があるらしく、「イ:犬も歩けば棒に当たる」というのが江戸版で「イ:一寸先は闇」というのが上方版だそう。個人的には「いろはカルタ」にはどちらも遊びとしてはあまり馴染みはないのだが、「ことわざ」として知っているものが多い。
この本と関係ない余談だが、関西のことを「上方(かみがた)」というのはそもそもは首都だった京都が「上」ということで、そう言うわけだが、現在では大阪の人は大阪のことを「上方」と言うが京都の人は京都のことを「上方」とは言わないと聞いた。大阪と京都の関係というのもなかなか複雑そうだ。
「漢字分解」という話では、主人公のおじいさんが遺品として残したノートに、漢字について独特の分解方法が書いてある。その中で感心したのが
鬱とうしい。木々のあいだに缶を捨て、ワ(わー)、凵(はこ)にも※(ごみ)いっぱい、ヒ・彡(悲惨)だね
苦しいがこれでとりあえず「鬱」が書けそうな気はする。(「凵」は「うけばこ」とか「かんにょう」と言うそうで、「彡」は「さんづくり」と言うそう。)この話にはこの手の「漢字分解」がいくつも書いてある。
「5W1Hから」という話には「いつ、だれが、どこで、だれと、なにをした」というのを数人でバラバラに書いていく遊びの話が書いてある。これは遊んだ覚えがある。子供の頃これで大笑いしたという話には全く同じ経験をしたことを思い出した。
そしてこの話で思い出したのは、ドラえもんの第一巻の話に「◯◯が××と△△する」というのがあったこと。ドラえもんの道具に「かならず実現する予定メモ帳」というのがあり、このメモ帳は「[ ]が[ ]と・に[ ]で[ ]」と最初から書いてあるので空白を埋めていくとその内容が必ず実現するというものだった。
ちなみに、これがドラえもんの何巻に掲載されていて、何という名前の道具だったのか調べようと思って検索に使うべく思い出した言葉は「ドラえもんがママとテーブルの上でゴーゴーをおどる」だった(それでちゃんと調べがついた)。この話の大事なところは「必ず実現する」というところだが、阿刀田高ももしかしたら読んだことがあっただろうか。
この本はこの手の日本語に関する身近な思いつきや思考が多く書かれている。自分の言語である日本語の話なので言われてみればあたりまえと言えばそうだが、感心してしまうようなものも多く阿刀田高の日本語に対する姿勢と拘りが表された本だと思う。
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