2019年10月4日金曜日

四千万歩の男(五)


四千万歩の男(五)
井上ひさし 著


1993年3月15日第1刷発行

本文終了が675ページ。その後に「お読みいただいた後に」というあとがきと、武蔵野次郎による解説があって685ページ。その後に作者井上ひさしの自筆による自身の「年譜」というのがついていてそれが711ページで終わっている。

全五巻でこの本は終わりなのだが、この話自体は終わっていない。伏線も様々張りっぱなしで全く回収されていないものが多々残されている。あとがきによれば「全体の七分の一までを書いたあたりで筆者の家庭はもろくも崩れ落ち」たとのことで中断を余儀なくされ、本人は続きを書く気があったようだ。だが、結果的にはこれで終わりである。

この本の「お読みいただいた後に」は1990年4月20日に書かれている。井上ひさしが亡くなったのは2010年のことで、その気なら続ける機会もあったはずだと思うが、それほど乗り気にはならなかったのか。7割とはいうものの、「第二の人生」という大きなテーマについては表現できたという評価をあとでしたのかもしれない。

Wikipediaの「伊能忠敬」の頁は、本を読んでいる間には見ないようにしていた。読み終わって読んでみたら、確かに興味深い人生を送った人のようだ。その中で井上ひさしの「四千万歩の男」は「第二の人生を有意義に送った忠敬を評価する」という方向に忠敬に新しい評価を与えた小説だったという。

また、最後の妻「お栄さん」については、井上ひさしがこの小説を書いた後のこと、1995年に女流漢詩人「大崎栄」という人物だったことが発見されたとしている。そもそも大崎栄がどういう人物なのかはわからないが、漢詩人として名を残すほどの人だったことにはきっと井上ひさしも喜んだことだろう。ただ結局忠敬とよりを戻すことはなかったようだ。その他、この本で活躍する伊能忠敬の息子の秀蔵や、第二期測量から加わっていた平山郡蔵が後に破門にされた(そして後に許された)ことも書かれていた。

この本の話は第二期測量旅行の最初が終わった所までで終わっている。忠敬が最初に測量旅行に出た年の初めから本は始まっていて、最後は翌年の7月なので結局は1年と7ヶ月の間の話だった。井上ひさしが描く伊能忠敬は「口が堅い」と自他ともに認めているものの、個人的にはどう見ても口が軽いようにしか見えない、しかし好奇心旺盛で根本的に善良である。彼はこの本が終わった時点でも、その後更に10年以上も測量旅行を続けることになる。結局切りの良い最後まで読めなかったこと自体は残念だが、ある意味でこの先の長さを描いたような形で終わったのは悪くない終わりだったのかもしれない。





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