2019年3月6日水曜日

奇跡の脳


奇跡の脳

脳科学者の脳が壊れたとき

ジル・ボルト・テイラー 著

竹内薫 訳


2009年2月25日 発行

この本は、それまで順風満帆だった37歳の脳科学者が、脳動静脈奇形(AVM)を原因とする脳卒中を左脳に起こして言葉を失い、脳手術を行って回復するまでを自分で書いた本である。筆者はタイム誌による「2008年世界で最も影響力のある100人」にも選ばれていて、個人的にはそのことも、この本が出たことも覚えていた。出た当時にこの本を読んでいたらその後に何か違いはあっただろうか。

脳動静脈奇形というのは先天性のもので、若い人の脳卒中の原因になりやすいのだとか。彼女は脳卒中を起こしてからもずっと意識を持っていて、自分が機能を失っていく様子をよく覚えている。この本からはまずそこをつぶさに記録しようという意志が見える。結局自分からは言葉が出なくなり、人の言葉もわからなくなったようだが、それでもある程度コミュニケーションは取れていたような記述は見える。

右半身も最初から完全に機能を失ったわけではなく、割と直ぐに回復したようなので、それほど出血としては大きくなかったのかもしれない。書かれている所によると取り出したのは「ゴルフボール大の血塊」。写真が出ているが手術跡は大きい。

この本では右脳と左脳の機能の違いについて割と細かく書いてあるが、気になるのは左脳の機能を失った瞬間にどの程度認知ができるようになるのか。

手術前の話として

ベッドのかたわらでの丁々発止の議論の中で語られた内容の多くは理解できませんでしたが、わたしは、言葉で表されなかったことに注意を集中していました。人々の顔の表情、声の抑揚、情報を交換しているときの身のこなしなどが、わたしを惹きつけます。

そして、印象的だったのが、これも手術前にあまり態度が良くない(「自分の時間とペースだけに合わせることを強要する」)医学生が来た時の感想

その朝に学んだ最も大きな教訓は、リハビリテーションの療法士の仕事がうまくいくかどうかは、わたしの一存で決まるということでした。リハビリを受けるか受けないかは、わたしが決めればいいのです。

壊れた脳細胞が戻ることはないが脳が「つながり方」を変えることで失われた機能を回復することができるのだという。そのためには信じてくれる人の支援と、理解と、睡眠が必要だとも。

この筆者は講演の動画を見る限り完全に回復している。体の動きを見ても左右に違和感もない。脳卒中から4ヶ月後には講演の仕事を全うしたというから(かなり努力したようだが)驚異的に回復したということもあるだろうし、想像するほど重くはなかったということか。ただ初歩的なこと、歩き方や字そのものなどは最初から覚えるようなものだったという。

彼女が面白いというか優秀なのは自分でも強調しているようにただ失っただけではなかったということ。以前と同じではなくなったというが、左脳が機能しなくなって右脳だけになったときの「ニルヴァーナ(涅槃)」と表現する境地を体験して得たことで、それを経験として語るというだけでなく、おそらく自分の技術としても活かそうとしているように見える。

この本は後半「右脳マインド」「左脳マインド」という話になって、特に「右脳マインド」を活かすことができれば、穏やかに暮らせるだろう、という話になる。臨死体験をして、悟りを開くというか、宗教的な穏やかさを備えるようになるケースというのは少なくないと思うが、筆者の場合はそれを脳神経科学に基づいて話している所に説得力がある。




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