三屋清左衛門残日録
藤沢周平 著
平成元年九月二十日第一刷
短編集だと思って手にとったが、そうではなかった。長編という形ではないが、それぞれ全ての話で三屋清左衛門が活躍するもので、全体としてのテーマもある。全体のテーマは藤沢周平が割と好む「藩内の派閥抗争」である。
この話が面白いというか特殊なのは三屋清左衛門の立場で、彼は隠居である。隠居と言っても、3年前に妻が死んだ時に49歳と言っているので、隠居したとき(この本の始まり)が52歳ということになる。今なら隠居という風情でもないが、清左衛門の古くからの友人たちにも隠居が多く当時は(少なくともこの世界では)普通のこと、ということだろう。
清左衛門は藩の中で用人(ようにん)という立場まで出世した人で、用人というのはおそらく藩主の秘書のような立場でかなり高い地位である。側用人(そばようにん)と聞くとなんとなく聞き覚えがある。この本を通して清左衛門はその立場から離れたばかりのなので、今でも藩のお偉方には顔が利き、それだけに現役の人からも頼りにされている。
この本が割と気楽に読めるのは、清左衛門の立場がそうしているのかもしれない。優秀な息子(殆ど出てこない)とよくできた嫁(よく出てくる)に恵まれ、孫もいる。自分自身に心配事は何もないという立場で、そういう話もない。段々藩内の抗争が表面化してくるとそれなりに緊張感はあるが、基本的には主人公が気楽な立場であるということが読む方も気楽にしている。
清左衛門自身は割と素朴な人で、あまり政治の中で出世していくようなタイプでもないが、世話好きで上からも下からも慕われる人物である。若い人たちの縁組を取り持つのが好きなようだ(彼はこの本で3組結婚させている)。
初老というのも早い歳だと思うが、この歳なりの悩みも抱えている。息子夫婦に気を使う。同世代の友人が病気になってショックを受ける。現役時代は疎遠になっていた同世代の人たちとの再会。自分の過去の仕事に対する後悔。この本が出版された平成元年(1989年)というと、藤沢周平は1927年生まれなので62歳、おそらく自身のことも踏まえた話だったに違いない。
壮大なドラマでもないし、興奮を誘うような内容ではないが、一気に読めて後味も爽快である。藤沢周平のこういう本を読みたいと思うときがたまにある。そんな時にちょうど手にとった気持ちの良い本だった。
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