藤沢周平短編傑作選(巻四) 又蔵の火
藤沢周平 著
1981年12月20日 第一刷
歴史小説と時代小説の違いというのは何か。読む側としては、歴史上実在の人物が登場して、それなりに史実に沿って話が進むのが歴史小説で、ある実在の時代を背景に舞台設定された中で作者が創作した登場人物が登場し、オリジナルの話が進むのが時代小説であるとだいたい考えている。この定義ではグレーな部分や捻れたものも存在しそうだが、いずれにせよどっちでも小説であり、どっちでもそう困ることでもないので気にはしていない。
この本の後書きにあたる「試行のたのしみ 巻末エッセイ」に藤沢周平が歴史小説と時代小説の違いについて書いていて、意外と歴史小説の「歴史」の部分の重みを感じているようである。この後書きは他にも色々書いてあって面白かった。
歴史小説というものにむかうとき、どからともなく、このテの小説は、ふだんお前が書きなぐっている時代小説のように、軽々しく騒々しく、ご都合主義で書いてもらっては困るのだぞ、ことにお前さんは、書きながら途中ではしゃいだりすることがあるが、じつに見苦しい。ああいうことはもってのほかであるぞ、という荘重な声が聞こえて来るといったあんばいである。
そして藤沢周平はこの本に収められている六話(「又蔵の火」「逆軍の旗」「二人の失踪人」「上意改まる」「幻にあらず」「長門守の陰謀」)については「概ね歴史小説というものを手さぐりしている間に出来た、試行錯誤の産物」だという。「逆軍の旗」は明智光秀を主人公にした本能寺の変を実行する時の話で、「幻にあらず」は上杉鷹山(上杉治憲)を主役しにした話で、後の長編小説「漆の実のみのる国」の元になったものであろう。それ以外は有名な登場人物は出てこないが、すべて史実にあった話のようである。
私はこの本に書かれているのは「歴史小説」そのものだと思う。「逆軍の旗」では明智光秀が本能寺の変に至るまで追い詰められた心理が書かれ、事を成すと息をつく間もなくあり得ない迅速さで秀吉がやってくる、秀吉が来そうだというところで話は終わっている。その後はどうなるかみんなわかっている。また「又蔵の火」「二人の失踪人」「上意改まる」は史実だからこその意外性があるようにも感じられた。
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