2019年5月22日水曜日

義民が駆ける


義民が駆ける
藤沢周平 著


江戸時代、三方国替え(三方領知替え)と呼ばれる、幕府によって大名を移動させる施策が理不尽な形で荘内藩に降り掛かった時の話を書いた歴史小説。この事件は天保義民事件と呼ばれるそうだ。荘内藩の場所は藤沢周平の出身地である。

通常の藤沢周平の小説と違って、特定の主役に当たる人が定まっていない。水野忠邦を中心とした幕府の上層部、荘内藩主とその周囲、荘内藩の江戸詰め、そして荘内藩の農民たち、他には藩を裏切って川越藩の間者になった人など、様々な立場の人の視点から書かれている(全体としては基本的に荘内藩側から見た本である)。

そのせいもあって藤沢周平の小説としては割と異質な印象で、藤沢周平が意識しているらしい「時代小説」とは違う「歴史小説」の重みが感じられる。藤沢周平の時代考証への拘りを考えれば、相当慎重に書かれた本でもあるだろう。それでも藤沢周平の本の中には史実に沿った話でも、恋物語が挟まれたりするものもあるが、この本ではそういう話は全く無い。というか女性が殆ど出てこない本である。

水野忠邦鳥居耀蔵が立場的には「悪役」として登場する。この2人、特に鳥居耀蔵の方が「よろずや平四郎活人剣」に「悪役」として登場している。内容からすると藤沢周平はあまり水野忠邦のしたことは買ってないようではあるが、何度も登場するのは逆に気に入っていたのだろうか。

恥ずかしながら天保義民事件というのは正直初めて知った。面白いのは農民たちが土地の領主と対立したのではなく、その領主を守るために幕府に直接不満をぶつけたというところ。それも基本的には暴力的ではなく非暴力不服従で行われている。

登場人物が多く、話が展開する場所も多い、資料から書簡の写しがそのまま書かれている部分もそれなりにあり藤沢周平の小説としては読みやすい方ではないが、読むのに困るようなものではなくすぐに読めた。そしてこの事件が起きて、歴史上こういう結果に終わった背景というのは当時の時代背景、幕府の中の力関係等だけでなく、現代に於いても色々な示唆を与えてくれそうである。




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