2019年8月10日土曜日

ホメロスを楽しむために


ホメロスを楽しむために
阿刀田高 著


1997年4月20日 発行

ホメロスといえば「イリアス」と「オデュッセイア」という叙事詩の作者であるという話は世界史で習う。そして、例えばプラトンの著書の中でも当時のギリシャの人々が全員が知る前提としてよく引用されている。当然のことだがかなり古い、この本によればホメロスとは西暦前1159年から西暦前686年までの間に生きた人ということになっているのだそうだ。口頭で伝えられる叙事詩は1人の編纂であるはずはなく、様々な人の手が加えられて完成されていったものだろう。個人的にはかならずしもホメロスという人物を特定する必要はないのではないか、もしかしたらできないのではないか、とこの本を読みながら思っていたが、ホメロス自身についても一応は具体的な行動の記録が残されていることもこの本には書かれている。

「イリアス」はトロイア戦争についての話だが、そのトロイア戦争が諸説はあるがだいたい前1200年頃に起こったとされている。そして「オデュッセイア」の方はそのトロイア戦争を戦ったオデュッセウスという英雄が故郷の島に帰り着くまでの10年の冒険が描かれている。意外だったのはかの有名な所謂「トロイの木馬」の逸話が「イリアス」には含まれていないそうで、それはホメロスではない別な話に載っているらしい。

「イリアス」に描かれるトロイア戦争というのは始まりがおかしい。その始まりには、神々同士の争い、美女、誘拐、他色々あるのだが、「人間が増えすぎたので戦争させよう」という意志をゼウスが示したのがそもそもの始まりだという部分がむしろ理に適っているような話である。何にせよ、ホメロスの叙事詩には戦争についての反省も含まれている印象もあり、当時の人たちの戦争についての考えも伺える。トロイア戦争が一言で言えるまとまったものだったかは別として、長く悲惨な、そして英雄を生み出した戦争があったのは間違いないのではないだろうか。

トロイア戦争の始まりのきっかけになった神同士の争いが「パリスの審判」である。3名の女神で誰が一番美しいか「パリス」という名前のトロイアの王子に決めさせるという話で、その3名は、ゼウスの正妻ヘラ、知恵他の女神アテーナ、美の女神アフロディーテである。それぞれ賄賂というか褒美を用意してパリスを籠絡しようとして、その結果が戦争を招く。ちなみに個人的にはこの中ではヘラが一番好みである。

それはともかく、アガサ・クリスティーの長編に「エッジウェア卿の死」という本がある。この話の殺人事件の犯人はホメロスの叙事詩についての知識が足りず、「パリスの審判」の「パリス」をフランスの首都と勘違いしてしまいポアロに見抜かれてしまう。個人的にトロイア戦争開始の概要は一応知っていたが、「エッジウェア卿の死」を読んだ時は、なんとなく読んでいてこの3女神の争いには繋がらなかった。阿刀田高がそれに言及しているわけではないが、今回この本を読んでそこが繋がって少し嬉しかった。

トロイア戦争はギリシャとトロイアの戦いだが、「イリアス」では、両者の民族も宗教もほぼ同じものとして書かれていて、ギリシャ神話の神々の全体としては公平に味方している。筋書きを追っていると、阿刀田高の書き方のせいもあると思うが、なんとなくトロイア側にシンパシーを持ってしまう。トロイアの英雄ヘクトルは大変格好いい。現代でも「エクトール」とか「ヘクター」というファーストネームの有名人は少なくないが、そうなるのもよくわかる。だが、結局彼は最終的には半神の英雄アキレウスに討たれてしまう。

「オデュッセイア」の方はオデュッセウス個人の旅の話で、その途中の島々で巨人、怪物、魔女等に遭遇し、王女ナウシカに出会ったりもする。なんとなく何処かで聞いたような話もないこともないが、むしろ「オデュッセイア」が世界中様々なものの下敷きになったのだろう。

どちらの話もギリシャ神話の神々が到るところに出てきて、好き勝手に化けたり、人の気持を変えたりしている。神々はおそらく「何でもできる」のだろうが、そう単純なものでもないらしい。意外と人間の気持ちを慮ったり、意外な展開に困ったりもする。この都合の良さというか、軽さがギリシャ神話の神々の持ち味なのかもしれない。

このシリーズの阿刀田高の本はあらかた読んだと思っていたが何故かこれを読み残していた。このシリーズが時間的に何から始まったのか正確には知らないが、個人的にはギリシャ神話が原点で、その意味で流石という内容で、「イリアス」「オデュッセイア」とも非常に興味深く紹介されていて楽しい本だった。


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