背教者ユリアヌス
辻邦生 著
(一)2017年12月25日 初版発行
(二)2018年1月25日 初版発行
(三)2018年2月25日 初版発行
(四)2018年3月25日 初版発行
読んだ本は新しい文庫本で、最初に雑誌に連載されていたのが1969年7月から1972年10月まで、(上)(中)(下)単行本になったのが1974年から75年にかけてだそう。
全四巻の長大な歴史小説で、内容的には読みやすい本だが読み切るのには流石に時間がかかった。この本を読もうと思ったきっかけは、テレビで放送大学のチャンネル(何も見るものがない時の最近の定番)を見ていたら、講師(教授)紹介のようなことをやっていて、名前は覚えていないが、歴史学担当の先生が「歴史に興味を持ったきっかけは?」という質問に答えて、「高校生の時に『背教者ユリアヌス』を読んだこと」と答えていたからだった。
ローマ皇帝ユリアヌスというのは、「背教者」と称される通りキリスト教を信じなかった人である。ユリアヌスはキリスト教をローマに受け入れたコンスタンティヌス帝の甥であり、次の次の皇帝にあたり、その揺り戻しは特に当時のキリスト教徒たちにとっては恐るべきものだっただろう。だが、この本の皇帝ユリアヌスは基本的に慈悲深く寛容に努めようとする人で欲のない人である。その人が最終的に皇帝になり、戦争やキリスト教徒とのやり取りに翻弄されていく。
敢えて最近自分が読む本と比較すると宮城谷昌光が中国の英雄の一代記を書いた本に種類としては似ていた。ユリアヌスが皇帝になる前、コンスタンティヌス帝の子コンスタンティウス2世の時代に所謂「宦官」と「外戚」の骨肉の争いが繰り広げられていて、ユリアヌスも巻き込まれている。これは洋の東西を問わないものならしい。
特に皇位についてからのユリアヌスが当時のキリスト教徒に対して持っていた疑問を超えた辟易した気持ちや憤りというものが非常にリアルに描かれていて、辻邦生がユリアヌス側に肩入れしていた感じが伺える。その件は(四)の巻末についている辻邦生と北杜夫の対談でも触れられて、本人は「やや」と言っていたが北杜夫は「ややなんていうどころじゃない」と言っていた。
ユリアヌス自身の理想はよくわかるが、彼が寛容になろうとすること自体と当時のキリスト教が相容れていない以上は無理難題というか、どう転んでも上手くいかない立場に立たされているように見える。ユリアヌスが愛読していたというプラトンだが、その後、遠くない後にアウグスティヌスによってキリスト教とプラトン主義が融合するような形になることは皮肉な話である。Wikipedia のユリアヌスの頁によれば彼が信奉したキリスト教ではない「異教」とされるものは、ギリシャ神話に基づくものというよりは新プラトン主義だったのではないかという説もあるようだ。
ユリアヌスやその他の登場人物の判断や行動に今現代の日本に生きる私としては理解を超えた部分があるのは確かだが、時代の差、国や言語の差として納得がいくものではある。それだけに辻邦生はかなり当時の人の感覚に深入りしてこの本を書いたのだろう。
ローマ皇帝の話なので戦争の残虐な描写も多いのだが、戦争について辻邦生は最後の対談で以下のような話をしている。
過去のある文明の段階においては、必ずしも戦争そのものが、いわゆるわれわれが現在考えているような形での、まったく非生産的なものにしかすぎないということはないので、やはりそこに、いま言った栄光とか、あるいはそれに伴う勇気、犠牲、克己とか、あるいは、そこからゆりおこされるヒロイズムとか、それに伴う、もっと広いさまざまな人間的な美徳が生れてきている。だから戦争の悪を否認するあまり、そういうものをすべて否定することは間違っているし、また人間は闘争的な存在だからこれはどうにもならないと考えるのも、非常に間違った考え方だと思う。
この本を読んで歴史学の教授になろうとは思わないが、昭和を代表する歴史小説として広く読まれて欲しい本だと思った。
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