2019年2月17日日曜日

アルジャジーラ 報道の戦争


すべてを敵に回したテレビ局の果てしなき闘い
アルジャジーラ 報道の戦争


ヒュー・マイルズ 著
河野純治 訳
2005年8月30日 初版1刷発行

「アルジャジーラ」という中東のメディアの存在は今では日本でも多くの人が知っていると思う。NHKの放送でも継続的に取り上げられているし、このメディアをソースにした日本語の報道も多い。しかし、個人的にはここまで来てもアルジャジーラについてはカタールが国として出資しているメディアで、現在のカタールの外交危機の一因になっていることくらいしか認識がなかった。

この本は2005年初版なので、その後にソーシャルメディアによってある意味で世界中のメディアに革命が起こり、アルジャジーラの立ち位置も今は違っているかもしれない。それでも、成り立ちに興味があったので読んでみた。読んでみた、とは言っても、中々長大な本で、本書で訳者あとがきでは「若きジャーナリスト」と紹介されている著者ヒュー・マイルズ(Hugh Miles)が、ここまでの情報量を取材して纏めたことに感心せざるを得ない。1996年のアルジャジーラが設立されるまでの経緯から、ほぼ時代の流れに沿って世界に知られるメディアとして、特に中東の戦争の中でアルジャジーラが成長してきた経緯が細かくかかれている。

この本では基本的にアルジャジーラが一貫して「1つの意見があれば、もう1つの意見がある」という同社のモットーに従って取材と報道を続けてきたことが書かれている。個人的にその話に違和感は持たないが、その中でまだ若いアルジャジーラとその記者たちがやり過ぎてしまったこともあったのかもしれないとも思いながら読んだ。

アルジャジーラについて初めて名前を聞いた頃からのことを思い出してみると、あまり興味を持っていなかったが「中東にできた欧米系放送局」という認識の時期もあったし「中東のテロリストに近い放送局」という認識だった時期も自分の中にあったように思う。普通に機能している報道メディアを傍から見ればその時によって異なる捉え方になるのが当たり前なのだろう。

そもそもカタールという国がカタール首長、ハマド・ビン・ハリーファ・アール=サーニーによって、中東の中では特殊な国になりつつあることも個人的によく理解していなかった。そのハマド首長はアルジャジーラの出資者なわけだが、国家元首とアルジャジーラとの関係について、この本によれば「アルジャジーラは首長の介入を受けない独立した放送局として運営され、万一その独立が損なわれた場合には、編集局スタッフ全員が辞職する」ということで合意しているそうである。アルジャジーラはその自由な立場から中東に波風を立て続ける。アルジェリア政府は国民にアルジャジーラを見せたくないがために主要都市を停電させたこともあるという。

そうは言ってもアルジャジーラはカタール首長に対してはそれなりに気を使っているはずで、この本にも書かれているがニュースとしての価値が低いという理由でカタールの国内問題についてはあまり熱心に報じてはいない。カタールは中東の中でも米軍の基地を置く親米国であり、結局、カタールという国が中東の強国であるサウジアラビアやエジプトを向こうに回しても強気でいられるのはそれが理由で、アルジャジーラもその意味では間接的にアメリカの庇護を受けているということになるのかもしれない。

しかし、アフガン、イラクと続く戦争でアルジャジーラは大きく名を売って中東で圧倒的な影響力を持つことになるのだが、その中ではかなり深刻にアメリカの政府、軍やメディアと激しく対立した話がこの本には書かれている。アフガンではアルジャジーラのカブール支局がアメリカ軍の爆撃を受け、イラクではかなり意図的に見えるアメリカ軍の攻撃によって記者が殉職している。

考えてみると当時のアメリカは、ソーシャルメディアによって分断され何が真実か全くわからなくなってしまった現在とは違う恐慌状態になっていた。テレビ等がアフガン戦争、イラク戦争に反対することはなかったし、反対する人が表舞台に登場することも殆どなかった。その中でアルジャジーラは敵だという報道が繰り返されたことで、一番上からではなくても戦闘のどこかのレベルでアルジャジーラを消そうと考えた人がいたとしても不思議ではないかもしれない。

この本に書かれる歴史を追いながら考えてみると、ソーシャルメディアによって既存のメディアが破壊される前に、既存メディアの自殺の段階があったように思う。少なくとも1990年代は個人的にも特にアメリカの各大手メディアに対する信頼は大きかった。日本でも新聞社やテレビ局が今からは考えられないくらい信頼されていた。人々が既存メディアを信じなくなったのは、結局は特にアメリカでは2001年9月11日の同時多発テロ事件を境にして、当局の言う通りに報道したり、政府に都合の悪いことを伝えようとしなかったりする姿勢を大手メディアが当たり前のものとして確立してしまったことで、例えばアルジャジーラのような国外の新興メディアやインターネットによって簡単に足をすくわれるようになってしまったからではないだろうか。

この本から14年が経った現在、大きな変化があったはずだがアルジャジーラはとりあえずソーシャルメディアの荒波を乗り越えて今も影響力を持っているように見える。アルジャジーラを見て育った世代が社会に出てくる時代には中東と世界では何が起こるのだろう。

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