ティム・ハーフォード 著
遠藤真美 訳
2018年9月21日1版1刷
著者のティム・ハーフォードは経済学者で1973年生まれという若い人である。この本はその彼が人類による有形無形の偉大な発明品を50あげてその存在の影響を経済学の観点から語っていくという本である。
あげているものは「3.有刺鉄線」「5.グーグル検索」から「26.有限責任株式会社」「41.農業用抗生物質」まで多岐にわたる。それでも、そう難しいことが書いてあるわけではない。発明された時の意外な逸話も多彩に紹介されていて読みやすく、訳も平易で上手い。
見事だと思ったのは、50を一章ずつ紹介しているのだが、それは完全に別な話になっているのではなく、後に紹介されるものの説明にはそれより前に紹介されたものの特に経済的な影響が踏まえられている。本として読んでいる人の頭に入りやすい構造だと思う。
発明があって、それが人類によって長く利用される時、基本的には良いものだが、そうでない場合があることも直ぐに思いつく。とりあえず印象的に残ったのは「40.有鉛ガソリン」の話。有鉛ガソリンは人体に有害であることが明白なのに、米政府はGM(ゼネラル・モーターズ)の言いなりで問題ないという調査結果を出し続ける。
政府は調査を行った。その資金を提供したのはGMで、調査結果については発表前にGMに提出して承認を受けなければいけないという条件がついていた。
結局規制されるのに半世紀かかったそうだ。この話を読んで全米ライフル協会(NRA)が強力なロビー活動で合衆国政府管轄であるアメリカ疾病管理予防センター(CDC)に銃暴力に関する調査をさせない条項、ディッキー・アメンドメントを通させた話を思い出した。
政府が公衆衛生、国民の健康・安全よりも企業の利益を優先させていた、させているという実績が、例えば反ワクチン運動のようなものが広がる根拠の1つになっているはずだ。そして、そうした誰もが身近に感じる危険を煽るものは感心を引きやすく、喚き立てる人にとってはソーシャルメディアによって実際に現金化されるとなれば、本当かどうかなんて二の次で騒ぎ続ける理由は更に十分にある。
結局人間というのは格好良く言えばインセンティブによって、適当に言えば欲と金によって動いているんだなあ、というのがこの本を読んだ時も通して感じたことだった。もちろんそれは悪いことではないのだが、なんとなく愁いを感じてしまう。
だからといって、有鉛ガソリンがまちがっていたというわけではない。国が貧しいときは、汚染は進歩の代償として受け入れられることもある。その後、所得が増えると、環境をきれいにする法律をつくれるようになる。経済学では、このパターンを『環境クズネッツ曲線』と呼んでいる。
この本は決して悪い話ばかり書いてあるわけではなく、基本的にはポジティブな話が多い。実際長く残る発明品は基本的には多くの人の生活を改善し、人類を良い方向に導いている。だがこの本と筆者からはそこから不利益を被った人たちへの優しさが感じられる。そしておそらくその優しさを持ち続けたほうが未来を更に効率よく良いものにすることができる、ということなのだと思う。
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